サロメ

☆オスカー・ワイルドの『Salome:サロメ』

☆『サロメ』の原典

☆ギュスターヴ・モローの『まぼろし』もしくは『出現』

☆サロメの実像

☆ヨハネ(ヨカナーン)の実像

☆ティツィアーノの『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』

☆ヘロディア


オスカー・ワイルドの『Salome:サロメ』

『新約聖書』の記述によると
王女サロメは宴で舞を舞った褒美に
洗礼者ヨハネの首を所望したが
オスカー・ワイルドはこれに脚色し
鮮烈なキス・シーンを想定した

盆の上の聖者の生首へのキス・・・

パステル画はフランスのレヴィ・デュルメルによる『サロメ』だが
明らかにオスカー・ワイルドによる『サロメ』から
インスピレーションを得てるコトが伺える
デュルメルがこの作品を描いたのは1896年で
ワイルドの『サロメ』のフランス語版が出版されたのが1893年だから
年代的にもピッタリくる

ワイルドはフランス滞在中の1891年に
フランス語で『サロメ』を書き上げてるが
そんな事情から仏語版が先行して翌1894年に英訳版が出た
その英訳をしたのがボジー(アルフレッド・ダグラス卿)とゆー青年で
ワイルドは妻帯者だったがこの青年と関係を持つ

これが露見して裁判沙汰になり
ワイルドは【男色】の罪によって服役を余儀なくされた

そうしてワイルドは自ら『サロメ』の舞台を1度も目にするコトなく
出獄後の1900年に他界してる

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『サロメ』の原典



冒頭にもある通り
この物語の原典は『新約聖書』の記述だが
原典にはワイルド脚色によるキス・シーンがナイばかりでなく
まだ生きてるヨハネ(ヨカナーン)がサロメと会ってる場面もナイばかりか
既にサロメとゆー名さえ出てこなくて「ヘロデヤの娘」とだけある

「ヘロデヤの娘」の名前がサロメであると特定できるのは
この王家の家系図が『ユダヤ古代誌』にあるからだ

『ユダヤ古代誌』はローマ帝国において
キリスト没後(キリスト教信者にとっては【没後】でなく【復活後】?)の
ネロ帝による最も大規模な信者迫害があった頃に著された

『新約聖書』が編纂されたのもちょうど同じ頃で
イエス・キリストもその弟子たちももれなくユダヤ人であり
『ユダヤ古代誌』の著者のフラウィウス・ヨセフスもユダヤ人なので
史実を記述すれば話の内容が被るのは頷ける

『新約聖書』の原文を書き残したのは
キリスト教とゆー新興宗教の信者なのだから
述べたいのはキリスト教の擁護論であり
またヨセフスが『ユダヤ古代誌』や他の著述に専心したのは
自分の身の上の潔白の証明だった
ヨセフスは対ローマのユダヤ戦争に参加するも
敗戦後にはローマ皇帝に重用された政治家になったので
要するにユダヤ民族からしたら
【裏切り者】と見做されてたんである

なのである意味どちらも史実に忠実ではなく
都合よく解釈して書かれてる可能性は高いので
その辺を考慮しながら慎重に読み進む必要がある

『ユダヤ古代誌』全20巻は天地創造に始まり
前半は『旧約聖書』と内容が被ってて
後半は専らサロメの祖父であるヘロデ大王にページを割いてる
サロメのバックグラウンドを理解するのには
ヘロデ大王についての記述部分が大いに役に立つが
その部分を巻数で示せば巻14以降になり
肝心のサロメとヨハネ(ヨアンネス)についての記述は巻18にあるのだが
『新約聖書』にあるヨハネの最期とはシチュエーションが異なってる

ちくま学芸文庫では全20巻が6冊にまとめられてるが
その内第3巻までが旧約時代篇で第4巻以降は新約時代篇とゆー構成で
ヘロデ大王は第4巻巻末〜第5巻に大活躍し
サロメやヨハネの記述のある巻18は第6巻の冒頭に収められてる

でも『ユダヤ古代誌』なんて読んでなくても
「ヘロデヤの娘」の名がサロメであると知ってる
これは現代ではワイルドの戯曲などの演目によるトコロが大きいが
キリスト教発祥以来
ヨハネの殉教に伴ってサロメは宗教芸術のモチーフに登場してた
それが中世以降になるととりわけ絵画の中で
サロメ自身を主題とした作品が数多く描かれるようになるが
それらは宗教画とは隔絶してくる

サロメが主役のファム・ファタルで
ヨハネは脇役ならまだしも
生首なのでほとんどオブジェだったり・・・

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ギュスターヴ・モローの『まぼろし』もしくは『出現』

ファム・ファタルとしてサロメを描き
そこに逸品のオブジェとしてヨハネの生首を描いた最高傑作は
ギュスターブ・モローの『出現』であるコトに異論を唱える者はいナイだろう
これ以外にもモローのサロメ連作は
ファム・ファタルのイメージを浸透させた功績が測り知れナイ

モノが生首でなければ
王女が舞を舞った褒美を手にして嬉々としてる図でしかナイ
どれほど若く美しい王女だとしてもそこにはなんのドラマもナイ

純潔の王女が可憐な舞を舞って愛らしいペットを得る
とか
淫奔な王女が官能的な舞を舞って珍しい宝石を得る
とか
想像に難くナイ(笑)

ところがモノが生首ともなると
それだけでそこには万人を震撼させる戦慄のドラマが生まれる

サロメを主題とした作品を描いた画家達の着眼点には敬服せざるをえナイ
だがしかしサロメがなぜヨハネの生首を所望したのか
とゆー主題の根底にあるべき要因が
ワイルド以前の絵画作品からは読み取れナイ
ワイルドの創作意欲はそれを明確に打ち出したかったトコロにあると思う
しかもワイルドの解釈は『新約聖書』の記述とは違ってるが
不思議と数多く描かれたサロメと"生首の"ヨハネとゆー構図に肉薄してる

『新約聖書』では
ヨハネの生首を所望してたのはサロメの母親のヘロデヤである
あくまでも【ヘロデヤがヨハネを逆恨みして処刑を望んでた】とされてて
【ヘロデ王はそれに乗り気ではなかったもののやむなく加担して
ヘロデヤの娘(サロメ)は母親のヘロデヤに促されるままに素直に加担した
とゆー見解に見受けられる

褒美にもらうようにサロメをそそのかしたのはヘロデヤで
褒美にもらったサロメはそれをすぐさまヘロデヤに差し上げてる
とゆーコトはサロメと生首のヨハネが対峙したのは
処刑人より盆に乗ったそれを受け取ってからヘロデヤに差し出すまでの
右から左へと盆を送ったほんの一瞬である

その時のサロメの心情をフツーの感覚で推察すれば
平常心で受け止められる光景であるはずがナイ
それをやってのけたサロメが
その時平然としてたのか動揺してたのかまでは
それこそ『新約聖書』からは読み取りようもナイが
おそらく超然としてただろう

なぜならこの物語の主題は
残忍で好色な血を受け継いで王となったヘロデ王とその家族による
聖なる洗礼者ヨハネの受難なんである
【人を殺すコトなどなんとも思ってナイ国王一家= VS 聖者ヨハネ=
とゆー簡単な模式図で表せる

モローの『出現』はフロルッサス・デ・ゼッサントによれば
斬首の直後に処刑人の足元の大皿から
ヨハネの生首が浮遊したためにサロメが怯えてる図
】だそうで
平たく言えば『水戸黄門』の中で1番見飽きた
【印籠を見せられて悪代官がうろたえてる場面】だ
悪代官がサロメで
水戸黄門(印籠自身?)がヨハネ(の生首)なワケだw

ところでデ・ゼッサントは実在する人物ではなく
ユイスマンスの小説『A Rebours:さかしま』の主人公で
上記の見解は小説中で語ってるのだが
これはそのまま著者ユイスマンスのと見て゚+.(・∀・)゚+.゚イイだろう

なお小説中ではこの作品のタイトルが『出現』ではなく
澁澤龍彦氏によって『まぼろし』と訳されてる

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サロメの実像



ワイルド以前からサロメは悪徳の代表者だった
その素性とこの挿話以外には何も知られてナイにも拘らず
キリスト教信者にとっては忌むべき存在で
男にとっては魅力的な存在だった

ファム・ファタルを拒み通せる男はいナイ
聖者ヨハネとて生身の男であれば
その誘惑に打ち勝てたかは定かではナイが
だからこそ生首になったコトでサロメに勝利したってワケか?!

でもワイルドは生首へのキスとゆー度肝を抜く構図で
サロメをまた逆点勝利に導いてしまったのだが(爆)

それにしてもこのエピソードは
サロメの出生を考えるほどに事態は複雑怪奇である

サロメの母ヘロデヤは
元々ヘロデ王の弟ピリポの妻であった
(だから事件当時のヘロデ王は正しくはサロメの義父なのだが
ヘロデヤの前夫ピリポもサロメの義父だったので
実質的にはヘロデ王はサロメの伯父には当たらナイのだ)

しかし好色なヘロデ王に見初められて
好色なヘロデヤは不貞をし
遂にはヘロデヤはヘロデ王の妃に収まる
(この際にサロメはヘロデヤの連れ子として王女となった)

しかし元を正せば
ヘロデ王の父であるヘロデ大王には10人の妻がいて
その内のマルタケ妃との間の息子がヘロデ王で
マリアンメ妃との間の子の娘がヘロデヤなんである
(ヘロデ大王からしたらヘロデヤは孫に当たる)

更にヘロデヤの連れ子のサロメは
ヘロデ大王の子のヘロデ(同じ名前だとややこしいなあ)との娘だ
(ヘロデヤとサロメが親娘関係であるにも拘らず
ヘロデヤもサロメもヘロデ大王からすれば孫なんである)

なんともややこしいコトこの上ナイが
つまりヘロデヤはヘロデ大王の孫娘でありながら
ヘロデ大王の息子のうち(少なくとも)3人と関係を持ってた
(以上、家系図にするのは断念・・・)

なのでサロメは実の父親とは全く縁なく
実の母とその夫に育てられて
果てにその養父を殺した両親の元に身を寄せてるのだ

うっかり養父を殺したなどと書いてしまったが
ピリポには実際に手を下してはいナイものの
後にヨハネが入る牢に長いコト幽閉された末に死んだらしいし
サロメは白雪姫然り母親には疎まれていそうだし
好色なヘロデ王には不謹慎な振る舞いをされてそうだ・・・(-_-;)

そう思い巡らすと
サロメのヘロデ王とヘロデヤへの情は希薄だと予想できるし
逆に幼い時に父と慕ってたピリポに対しては
親子の情ってか
その身の上に対して憐憫の情を抱いたりしていそうだ
そして唯一両親を非難する存在のヨハネに対して
自分の理解者のように感じたサロメが
想いを寄せてしまうのは無理もナイ気がする

しかしサロメのヨハネへの想いは叶わナイ・・・

絶望したサロメは可愛さ余って憎さ百倍で
ヨハネに惨い仕打ちをする

斬首・・・まあそれだけならよくある話だが
この一家の忌まわしい血筋のなせる業か
サロメはその生首を盆の上に乗せるよう取り計らい

盆の上の聖者の生首へのキス・・・

自分はそんな風に想い描いたが
ワイルドに『サロメ』を執筆させたのはどんな想いだろうか・・・

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ヨハネ(ヨカナーン)の実像

聖職者の身であるヨハネ(ヨカナーン)には
サロメでなくとも女を受け入れるコトができなかった

ましてや偉大なるイエス・キリストの洗礼者である

『新約聖書』に登場するヨハネには
イエス・キリスト(以下イエスと略す)の弟子のヨハネと
多くの人々に洗礼を授けててイエスにも洗礼を施した
この【バプテスマ:洗礼者】のヨハネとがいる

洗礼は【キリスト教(古くはユダヤ教)入信時の
頭上に水を注いだり水に浸ったりする儀式】で
シャーマニズムにおける【禊:みそぎ】と発想は近似だ
ちなみにヨハネがイエスに洗礼を施したのは
ヨルダン川においてであったそうだ

ヨハネとイエスの関係についてはその出生に話が遡る
ヨハネを産んだのはザカリヤの妻エリザベツだが
元よりエリザベツは不妊で子供が無かったし
2人とも既に高齢だったのですっかり諦めていた
エリザベツはイエスを産んだマリアの従姉妹に当たるが
それがマリアと同じように処女懐胎によって
イエスより一足先に産まれた
(既婚だったのだから処女ではナイのでは?!とゆー突っ込みはナシでw)

そういった事情から幼子イエスと聖母マリアの聖母子図に
しばしば幼子ヨハネが登場するのだが
『新約聖書』には幼少時の2人の邂逅の記述はナイ

ヨハネは少年のうちから荒野を放浪して
修行を積みながら成長してユダヤ教の宣教者となった
ユダヤ教は唯一神ヤハウェを信仰し
ヤハウェの声を聞くコトができる【預言者】の言葉を信じて
その通りに忠実に生活を営む宗教だが
【預言者】の再来ではナイか、と畏れられてたのがヨハネだ

ところがヨハネは
【救世主】としてイエスが現れる、と予言する
(これは穿った見方をすれば予言ではなく
イエスを【救世主】に仕立て上げるペテンの片棒を担いでた?!)
参照:『新約聖書』の記述

【救世主】イエスの出現まで
ヨハネはたくさんの弟子を持ち
民衆にも畏れられてたが
そんなヨハネがどうしてヘロデ王の宮殿の牢に投獄されたのか?

それはヘロデ王の妃ヘロデヤによるのだが
ヨハネはヘロデ王とヘロデヤの結婚を咎めたために
ヘロデヤに逆恨みされたのだ!
なんせヘロデヤはまがりなりにも王妃だったワケで
ヨハネの諫言は侮辱と見做されたのだ!!

ヘロデ王も好色ではあったのだが
ヨハネの非難の矛先は専らヘロデヤの多淫に向けられてたのだろう
ヘロデヤにしてみるとそれが図星だけに
我慢ならなかったに違いナイから
ヘロデヤがヨハネの口封じ=処刑を望んでたのは疑う余地がナイ

それではヘロデ王はどうだったか?
「マタイ伝」によれば

ヘロデはヨハネを殺したかった

とはっきりと記述があり
ヘロデ王もヨハネの処刑に乗り気だったようにとれる

ところが同じ「マタイ伝」の中には

ヘロデはヨハネを預言者として認めていた

ともあり
これはヘロデ王自身がヨハネを信奉してたか否かには関係なく
【民衆のヨハネに対する信奉を理解してた】とゆーコトだと思う
民衆の反感を買うようなコトは王としてはできナイから
ヘロデ王はヨハネを捕えさせて牢には繋いだものの
それ以上は手を下せナイでいたのだ

これが「マルコ伝」によるとヘロデ王はヨハネの宣教に対して

喜んで耳を傾けていた

とさえあり
更に王女サロメにヨハネの首を所望された時には

非常に心を痛めた

ともある

以上のように『新約聖書』の記述
登場人物の心理描写が希薄だったり全く欠落してたりするから
真意がわかりづらいが
ヘロデ王は寵妃ヘロデヤにせがまれても
それまでヨハネを処刑するに至らなかったコトから
明らかにその意志がなかったのではナイだろうか?
しかしそれがサロメに促されて
突如としてヨハネの斬首を決行したのはなぜか?

ヘロデ王の心理が1番不可解だ・・・(-_-;)

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ティツィアーノの『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』

これは観に行かねばなるまいp(-_-+)q
2007.9.2〜2007.10.25 at Bunkamura ザ・ミュージアム

行って来ました Bunkamura ザ・ミュージアム!
『洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ』は期待通りで
間近で見るサロメの肌の質感は艶かしく理想的な柔肌だった!!
サロメが盆に載せて持つヨハネの首は髪の一筋まで緻密に描かれてて
非常にリアルではあるが美し過ぎるのが非現実的だな(笑)
尤も切ったばかりの生首を実際に見たコトはナイのでそうとも言い難いが(苦笑)
このヨハネの生首はティツィアーノの自画像だって説もあるが
確かに生首のモデルなんてのはあまり気持ちの゚+.(・∀・)゚+.゚イイモノではナイだろうから
自分をモデルにして描くしかなかったのかも?!

サロメとヨハネ(の生首)の図はたくさん観てきたけど
これは1番整然としてる
ヨハネは最も安らかな表情だし
サロメもそんなヨハネに対してまるで恋人を膝枕してるような穏やかな表情
しかも恋人にぞっこんと言うよりは少し倦怠を感じてるような・・・
アンニュイなサロメ
もしもこれをオスカー・ワイルドが観てたら
あの戯曲を思いついたりしそうだ

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ヘロディア


1番慣れ親しんだ『新約聖書』に「ヘロデヤ」とあるので
これまで「ヘロデヤ」と表記してたが
一般的なのは「ヘロディア」で『ユダヤ古代誌』ではこちらである

ワイルドの『サロメ』(福田恆存訳・岩波文庫版)は
ヨハネ>ヨカナーン、ヘロデ>エロド、ヘロデヤ>エロディアス
と固有名詞が総てフランス語読みだが
シェークスピアの訳を手がけてる福田なら英語版を訳してるはずだ
英語版も固有名詞はフランス語のままなのか?

そうかと思えばフローベールの『Hérodias』は
太田浩一によって『ヘロディア』とされてて巻末に以下の断りがある

人名、地名等の固有名詞の表記については、聖書に出てくるものは、原則としてそれに従った。

この『ヘロディア』はフローベールの晩年の3作の短編の1つで
『Trois Contes:三つの物語』に収録されてる
(他2篇は『純な心』と『聖ジュリアン伝』)
自分が所有する福武文庫版は岩波文庫版から半世紀後に出た新訳で
澱みなく読み進めて゚+.(・∀・)゚+.゚イイ
ちなみにフローベールではなくフロベールとされてる

マラルメも未完だが『Hérodiade:エロディアード』がある
『LES POÉSIES DE STÉPHAN MALLARMÉ:ステファヌ・マラルメ詩集』に収録されてるが
筑摩世界文学大系【43】マラルメ ヴェルレエヌ ランボオでは
鈴木信太郎訳なので何度読んでも意味不明・・・バタリ ゙〓■●゙
それでも何度も読んでしまうのは余りにも美しい単語が鏤められてるからだ
日本語の美麗さはここに極まれりってカンジだ・・・ホゥ(*-∀-)

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